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エマニュエル・トッド「帝国以後」より
2015年11月18日

 

 

番人

「この本は2003年にフランスの人が書いたよ。」

 

すみれ

「古いね。12年前だ。」

 

番人

「将来の予測をしていて、アメリカは小さくなり、ヨーロッパとロシアが大きくなって。当たっているかな。乳児の死亡率や出生率、殺人率、自殺率、識字率、家族形態などから考えている。」

 

番人

「日本とフランスについて書かれているところだけ少し抜き出してみるよ。

 

 

ドイツはフランスに、アメリカの戦争を遅らせるために国連で有効な手を打ち始める可能性を与えたのである。

 

パリとベルリンとモスクワの接近。

 

一応は核武装大国であるフランス。

 

ヨーロッパでは従来、独立性を誇るのは唯一フランスのみであったが。

 

フランスもこの道をアメリカ合衆国とほとんど同じくらい前進している。エリート主義とポピュリズムが対決するこうした政治システムは、なんとも奇妙な「民主主義」だ。

 

イギリスとフランスという、歴史によってアメリカ民主主義に結び付けられる二つの古くからの自由主義国は、同様の寡頭制による衰退の過程に足を踏み入れている。

 

フランス革命の間は自由主義的にして平等主義的であり、フランス革命は、十八世紀パリ盆地の農民に典型的な、親子間の相互行動の自由主義と兄弟間の絆の平等主義とを、人間の自由と平等という普遍的教義に作り変えた。

 

特にヨーロッパの中心をなすフランスとドイツの関係は実に意味深く、戦争状態というものも、何やら恒久平和に似たものに変わり得るのだということを示しているのである。

 

イギリスとフランスは女性一人に対して子供1.7および1.9という適度に高水準の出産率指数で際立っている。

 

フランスでは余程の偶然でもない限り、同一の政治陣営が2回続けて勝つことはできなくなっている。

 

フランス人はその帝国の退潮を受け入れるのに、はるかに苦労した。

 

フランス人、ロシア人、アラブ人、中国人の遺産相続規則は平等主義的。

 

アラブ女性が室内に閉じ込められて外出を許されないことを知った時のフランス人のいら立ち。

 

フランス革命の担い手たちと同様、ボルシェヴィキたちは、すべての人とすべての民族を同じように考える生来の資質を有するように見えた。

 

フランスは未来永劫ユダヤ嫌いの国であるから、いずれはお前たちもその犠牲となるぞと、予告されたりするのである。

 

フランスはアルザス・ロレーヌの喪失のゆえに構造的に報復的な体質を持つと考えられていた。

 

仏独のコンビは主要な戦略的プレイヤーとして尊重されている。

 

アメリカ合衆国に対する不信の念は、フランスから始まったものだが、新たな自体と考えることは出来ない。

 

ヨーロッパは何かをしようと欲するなら、ということはつまり、ドイツ人とイギリス人とフランス人が合意するなら、それを実行する力を持っている、というわけだ。

フランス・モデルは個人主義と国家による安心感賦与とを組み合わせ、より自由主義的な習慣を備えている。

 

ド・ゴール将軍の思い出にこだわるフランスは、つい最近まで独立の姿勢を取ることが出来るのは自分だけだと信じ込んでいた。

 

2002年前半には恵まれないマグレブ青年によるユダヤ教会堂襲撃が頻発した。こうした反逆の遠因はフランス社会そのものの構造がますます不平等主義的なものになっていくことから来ているにしても、これはフランスにとって、アメリカとイスラエルの政策によって引き起こされた不安定化を真っ先に経験させられたということになる。

 

イギリスが事実上ドイツおよびフランスと3頭指導性を構成することになる。

 

潜在的には仏独両国は再び同じサイズの国となるのである。

 

フランスはフランスで、強いフラン政策によって身動きが取れなくなる状況から解放されて以来、人口をめぐる状況がより有利なこともあって、何らかの形の活力と自信を取り戻した。

 

ロシアの人口衰退、ドイツの停滞、フランスの人口の相対的堅調、この三つの要素が広い意味でヨーロッパ全体の均衡回復をもたらしている。

 

二〇世紀にはいかなる国も、戦争によって、もしくは軍事力の増強のみによって、国力を増大させることに成功していない。フランス、ドイツ、日本、ロシアは、このような企みで甚大な損失を蒙った。

 

すみれ

「次、日本お願いします。」

 

日本はこの危機の間、あまり活動的ではなかった。少なくともそれだけは言える。しかし日本の住民の深層の感受性はおそらくヨーロッパ人のそれに極めて近いと思われる。

日本はドイツに次いで、第二次世界大戦後に生まれたアメリカ・システムの第二の戦略的支柱である。ドイツと日本という輸出産業の二大経済大国を統制下に置いているということが、イラクに向けられる演劇的小規模軍事行動主義の煙幕を透して見える

、世界のアメリカに対する権力の現実の姿なのである。ドイツはアメリカの後見から独立しつつある。日本はほとんど動かなかった。日本政府がアメリカの行動を受け入れた理由は、日本の地政学的孤立によって大方説明がつく。

 

日本の方は、北朝鮮問題と、アメリカ合衆国に替わる地域的同盟者がいないことを考慮しなくてはならない。

もしアメリカ合衆国の外交的・軍事的無責任性が今後ますます確実になって行くとしたら、日本が軍事的・戦略的により自律的でないことを、もっと明確な言い方をするなら、世界の均衡の再編成によりよく参画するためによりよく武装されていないことを、ヨーロッパ人たちは大いに悔やむことになるかも知れない。

 

 

しかし私としては、日本国民にとってヒロシマとナガサキの後遺症のあらゆる広がりと深さを実感し理解することができない以上、思弁を行うことは差し控え、謙虚の態度を示すべきであろう。

 

 

アメリカとの関係は日本人にとって未だかつてない複雑さに支配されたものとならざるを得ない。

目下のところアジアにおけるアメリカの安全保障システムへの依存の度合いが高いが故に、アメリカの軍事的行動様式のある程度の野蛮な側面は、ヨーロッパ人以上に自覚してもいるのである。

 

 

もしかしたら、アメリカの戦費に日本が財政的協力をしないというだけでも、アメリカ・システムの崩壊には十分な貢献となるかも知れない。

 

ロシア、日本、ドイツが、そしてイギリスがーあり得ないとは言えないー外交的自由を取り戻した時に初めて、第二次世界大戦から産まれた冷戦の世界は決定的に終わりを告げることになるだろう。

 

複数の大国―ヨーロッパ、アメリカ合衆国、ロシア、日本、中国-の間の均衡がシステムの規則となるだろう。

 

歴史の巡りあわせによって、民主主義の原則が、ドイツのナチズムから、日本の軍国主義から、ロシアないし中国の共産主義から脅かされていると思われた時、それを護るということが、アメリカの全世界的な専門領域となった。

 

アメリカがついに世界の中でその経済力に相応しい地位を占めるに至るまでには、真珠湾とドイツの対米宣戦を待たねばならなったのである。こう言って良ければ、それは日本とドイツのイニシアチブで実現したということになる。

 

 

低賃金地域への工場の移転は、ブラジル、メキシコ、中国、タイ、インドネシアにおける教育の進歩なしには不可能であったという事実を、アメリカ人、ヨーロッパ人、日本人は、承知しておかなければならない。

 

危機についての現在の統計表からイスラムの悪魔化を引き出すのは、余りにも安易である。イスラム圏は全体として近代化の危機を通過中であって、もちろん平和のオアシスと映りはしない。

しかし現在では発展し鎮静化した国々も、現在の状態を鼻にかけてばかりもいられない。己の過去の歴史を振返ってみれば、大いに謙虚にならなければならないだろう。イングランド革命とフランス革命は、ロシア共産主義や中国共産主義と全く同様に、また日本の軍国主義的・帝国主義的勢力伸張とも全く同様に、暴力的現象であった。

 

 

ドイツでは、一世代につき一人の跡取りを指名する直系家族の権威主義的にして水平平等主義的な価値が、権威主義的にして不平等主義的なイデオロギーであるナチズムの勢力伸張をもたらした。日本とスウェーデンは、この人類学的類型の非常に緩和された変種を示している。

 

 

ドイツ、日本、ロシア、中国、ないしアラブのシステムの場合、個人主義の勢力拡張は当初の人類学的価値のうちのあるものに攻撃を加えることになる。

 

抜きがたい自由民主党、社会的まとまり、産業的にして輸出型の資本主義を要する日本は、アメリカではない。

 

当時、西ドイツは日本と同様、数年間にわたって紛れもないアメリカの保護領であった。

 

ロシアが一度温厚な巨人になったなら、ヨーロッパ人と日本人はアメリカ合衆国なしでもやって行けるようになるだろう。

 

アメリカ合衆国の海空の制圧力には疑いの余地はない。それはすでに太平洋戦争の時からめに付いていた。もちろんアメリカと日本の対決を思い出す時、投入された物量の考えられないような格差がいささか忘れられがちではあるのだが。

 

唯一、日本とドイツがアメリカ軍事部隊に支払っている住居費と食料費だけは、古典的タイプの貢納物として分析することができる。

 

日本を除いて、他の西欧諸国の株式の時価総額は、1990年頃にはアメリカ合衆国のそれと較べて弱体であった。一方、日本は、あたかも外部からの浸透の難しさの保証のごとき言語を持ち、その経済システムは依然として保護された国民経済型のものであって、憂慮するライバルとはなり得なかった。

 

どのようにして、どの程度の速さで、ヨーロッパ、日本、その他の国の投資家たちが身ぐるみ剥がされるかは、まだ分からないが、装版身ぐるみ剥がれることは間違いない。

 

その上、アメリカは普遍主義が弱体化してしまったために、もし世界に君臨し続けたいのであれば、ともに世界の工業を支配しているヨーロッパと日本という主要同盟者を平等主義的に扱わなければならないという事実を忘れてしまったのだ。

 

さらにはアメリカが小規模軍事行動主義的にちょこまかと動き回ることが、いかにしてヨーロッパ、ロシア、日本という主要な戦略的行為者たちの相互の接近を助長するかも、示すことになろう。

 

 

この社会が豊かさと平和を発見したのは、ずっと後になってからだった。日本についても、そして旧世界の大部分の国についても、同じことが言える。

 

ヨーロッパ人でも日本人でも、ユーラシアのどんな民でもエコロジー的均衡や貿易収支の均衡の必要性をよく理解しているが、それは悠久の昔からの農民の歴史の産物である。

すでに中性において、例えばヨーロッパ人、日本人、中国人、インド人は、土地の疲弊と闘わねばならず、天然資源の希少性を事実の中から確認せざるを得なかった。

 

今のところドイツと日本は持ちこたえている。それはこの両国が柔軟性と社会的安全の欠如とに対してより適性があるからではない。その極めて強力な経済がつい最近まで労働者と民衆を保護してきたからである。社会的団結性の強いこの両国で、アメリカ流の規制廃止を進めるなら、極右の台頭を引き起こすことになるのは、確実と思われる。

 

 

アメリカ軍によって湾岸一帯に不安と動揺が産み出され、ヨーロッパと日本にとってのエネルギー資源を統制しようとするアメリカの意思が明瞭になると、この二つの保護領はますます、世界第二の石油生産国の地位を回復し、天然ガスでは常に世界一の生産国であり続けているロシアを、必要なパートナーと考える方向に進まざるを得なくなって行く。

 

日本も同様で、地図の上では極めて小さいが、日本はアメリカ合衆国の工業生産に等しい工業生産を擁し、その気になれば、アメリカのそれに等しいかもしくは上回る科学技術を擁する軍事力を十五年で構築することもできるだろう。

 

輸入品の代金を支払う能力を持つヨーロッパと日本は、石油の供給の安全確保について、ロシア、イラン、アラブ圏と直接話し合いをすべきである。

 

 

日本のために常任理事国の席を要求するのは単なる良識に属する行為である。核攻撃を受けた唯一の国で根本的に平和主義の国となった日本は、真正な正当性を与えられるべき存在である。

アングロ・サクソン層のそれと極めて異なる日本の経済についての考え方は、全世界にとって有益なバランスのための錘りとなるに違いない。