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民事信託はなぜ利用されるのか:土地建物の円滑な権利移動に資することの検証
2018年07月03日

 

 

 

 

 

概要

 

不動産所有者及びその(推定)相続人にとって、その不動産が価値のあるものであれば、所有権を確保したいと思うのが自然である。しかし、不動産所有者の認知症や相続等を原因として、不動産に関する権利移転をスムーズに進めることが出来ない場合がある。現行制度の中で、この問題解決方法の一つとして有効な方法を提示し検証することが可能であれば、不要なトラブルを防ぎ、不動産所有者等が取られる時間的・金銭的・精神的コストを短縮し、不動産取引の円滑に資する。

このような中、民事信託の利用が増えている[1][2]。民事信託の活用は、現行制度における類似の方法と比較して、自助を原則とした円滑な不動産権利変動の方法となり得る。本稿では筆者が扱った事例を通してこれを検証する。なお事例に関する事実の一部を変更している。

 

 

1 研究方法

 

(1)使用する情報及び分析方法

実際に扱った事例を2つ採り上げる。また公開情報を必要に応じて使用し、事例研究法を採る。

 

(2)仮説及び信憑性を判断する基準

事例研究を通じて他の現行制度と比較する。

 

2 先行研究

高齢者との不動産取引において、民法上の成年後見人等による(居住用)不動産の売却が契約の安定性向上になるのか整理するものがある[3]

 

3 ケース1

(1)         概要

子のいない女性の財産管理に関する相談に対する対応として、民事信託を利用した。本人は80歳である。認知症の兆候はあり、金融機関や公共機関には毎回甥っ子の妻が付き添っている状態である。財産として預貯金、居住している土地(亡き夫名義で4筆)、建物(未登記)がある。相談者の希望として、金融機関等への付き添いの負担を減らしたいこと、今後本人の認知症が進み老人施設に入所した場合、相続が起こった場合の不動産、預貯金の管理、承継で支障がないようにという希望である。次男は相談時点で連絡が取れず、時々現れて本人や長男、母親に金銭を無心する。本人の希望は、甥っ子の長男に亡くなった後の財産を渡すことである。

 

(2)現行制度において採ることが可能な方法

 

①何もしない

様子をみながら何もしない場合のリスクは2点ある。1点目は認知症が進んだ場合である。金融機関での預金の出し入れ、老人施設入所となった場合、空き家となる建物の管理等である。2点目は相続が起きたときである。現時点での推定相続人は甥っ子である長男と次男であり、遺産分割協議が円滑に成立するか不明である。

 

 

②法定後見・任意後見制度の利用

認知症への対策として、法定後見制度及び任意後見制度の利用を検討する。法定後見制度を利用した場合、後見人を誰にするかは家庭裁判所の権限による[4]。長男が就任するとは限らない。居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可が必要となる。

任意後見制度を利用した場合は、後見人には本人が希望した者(本ケースでは長男)が就くことが可能である。この場合は必ず後見監督人が就任する。両制度とも本人の死亡により後見人の職務は終了し、相続には対応できない。

 

 

③遺言

本人が遺言を作成した場合、不動産の相続に関する問題が解決される。甥っ子である次男には遺留分がなく、相続発生と同時に長男へ不動産の所有権は長男へ移転し、不動産登記も行うことができる[5]。預貯金に関しては、遺言の書き換えが可能であることから、次男が押印した遺産分割協議書の提出を求められる可能性がある[6]

 

 

④ 民事信託

本人が自らを委託者、甥っ子である長男を受託者とした場合は、他の制度と異なる効果が3点生じる。

 

1点目として、民事信託では委託者が所有している財産を信託財産にするために、前提として亡き夫の相続を整理する必要がある。本ケースでは土地について10名以上の相続人と遺産分割協議を成立させ、未登記であった建物の表示登記及び本人名義の所有権保存登記を行った。

 

2点目として、今後本人の認知症が進んだ場合でも、現時点での本人の希望する財産管理が継続されることである。

 

3点目として、本人に相続が発生した場合の不動産その他の財産が円滑に承継される。

なお本ケースでは民事信託を軸として、念のため任意代理契約、任意後見契約、遺言のすべてを利用した。

 

(3)有効範囲と限界

 

①有効範囲

配偶者、親及び子などの遺留分権者がいない高齢者であること[7]。兄弟姉妹、甥姪の中に財産管理を託すことが出来る関係の者がいること。

②限界

本人の判断能力が失われていないこと。失われた場合は民法上の成年後見申立てを行い、成年後見人が亡き夫名義の土地について遺産分割協議を進め、家屋の表示登記を行う。本人が亡くなると同時に成年後見人の任務は終了し、本人の財産は甥の間で遺産分割協議の対象となる。

 

 

(4)不動産登記

民事信託契約により、不動産については所有権移転及び信託の登記を行う。信託目録に記録される情報は、本ケースの場合以下のように公示される。

 

委託者 【住所】【氏名】

受託者 【住所】【氏名】

受益者 【住所】【氏名】

(信託条項)

1 信託の目的

管理、運用及び処分。

2 信託財産の管理方法

(1) 所有権の移転登記と信託登記の申請。

(2) 信託不動産の性質を変えない修繕・改良行為。

(3) 受託者がその裁量による行う次の事務。

ア 損害保険の契約締結又は付保。

イ リフォーム契約。

ウ 第三者への委託。

エ 境界の確定,分筆,合筆。

オ その他の管理,運用,換価(売却),解体などの処分。

3 信託終了の事由

―略―

4 その他の信託条項

1 受託者の任務終了の事由

―略―

2 受託者の任務が終了した場合,後任の受託者は次の者を予定する。

【住所】【氏名】

3 後任の受託者の任務が終了したときは,新たな受託者を次の順位で予定する。

―略―

4 受益権

―略―

5 信託監督人

受益者は,必要がある場合,信託監督人を選任することができる。

6 委託者の地位

―略―

7 清算受託者及び手続

(1) 本信託が終了したときの受託者を清算受託者とする。

(2) 清算受託者が残余財産の受益者から最終計算の承認を得たときに清算手続きは結了する。

(3) 清算受託者の任務終了及び新たな清算受託者を定める方法,地位,任務の継続は,本信託の受託者と同様とする。

8 信託終了後の残余財産の帰属

本信託の終了に伴う残余財産の帰属権利者は,本信託の清算結了時の受益者とする。

 

 

(5)民事信託における不動産登記の確実性と信託目録[8]の意義

不動産登記についてはコストが高い、必ずしも真の所有者を記録していないなどの面がある[9]。不動産を信託財産とする民事信託を設定した場合においてもこれは当てはまるが、その可能性は低くなる。何故なら、信託における受託者は分別管理義務を負う[10]ので、信託設定時における所有権移転及び信託の登記が法律上担保される。さらに受託者は、信託の利益を得る受益者に対して忠実義務及び善管注意義務を負うので、民事信託の期中及び終了時における当事者の変更や権利の移転等に関しても、その旨の登記が一定の限度で担保されると考えることができる。

信託目録においては、不動産登記法上その登記事項が定められている[11]。しかし、通常の不動産登記における登記の目的や登記原因等と異なり記録する文言は確定していない。よって民事信託を利用する当事者によって何を公示するのかを決定することが可能である[12]

 

4 ケース2

(1)概要

88歳である本人の長男からの相談により、民事信託を利用したケースである。本人は現在意思疎通が取れるが、片足を悪くして1人での外出が困難となってから少しずつ物忘れが始まっている。兄弟姉妹を含む推定相続人とは疎遠であり、国外に居住する者については連絡先も不明である。現在は長男とその妻が、両親の生活について援助している。本人名義の土地について、道路用地の収用による売買契約(価格約5000万円)を控えている。また、長男名義の賃貸住宅を建設中であった。

 

(2)         現行制度において採ることが可能な方法

 

①何もしない、又は法定後見制度の利用

地方公共団体との道路用地に関する売買契約を来年度に控えており、契約時に本人が認知症だと判断されれば、契約の相手方である市町村担当者から法定後見の申立てを促される。売買契約は法定後見人が行うが、親族又は専門職後見人の職務はこれで終了することはなく、本人が亡くなるまで続く[13]

本人に相続が発生した場合、預貯金等について遺産分割協議が必要な場合がある。

 

 

②任意後見制度の利用

任意後見制度の利用は、本ケースにおいて採り得る方法の1つである。本人に判断能力があるうちに長男を受任者として任意後見契約を締結しておけば、任意後見人には確実に長男が選任される。地方公共団体との売買契約も任意後見人である長男が行う。また本ケースにおいては遺言も作成済みであり、相続発生時においても不動産の権利移転は円滑に行われる。

このように任意後見制度に利用によっても本ケースの問題は一定の範囲において対応することができる。そこで民事信託と異なる点を挙げる。

 

任意後見制度においては、必ず任意後見監督人が置かれる。地方公共団体との売買契約については、その交渉中に本人の判断能力が喪失した場合、喪失時点で家庭裁判所へ任意後見監督人選任の申立てを行い、任意後見監督人選任の審判が下りるのを待つ。それまでは契約を進めることは出来ない。また本人名義の土地に長男名義の賃貸住宅を建設中であるが、賃貸住宅の完成を待たずに本人が判断能力を喪失した場合、借入れ手続きについて任意後見監督人選任の審判を待つことになる。

 

③遺言

本ケースでは、相談時において不動産を長男に相続させる旨の遺言を既に作成済であった。よって、不動産については本人の相続発生と共に所有権が移転し、不動産登記を行うことが出来る。

 

④民事信託

本人が、自らを委託者兼受益者とし、受託者を長男とする信託契約を締結した場合、次の点が他の方法と異なる。1点目は、信託契約が契約自由の原則に基づいて信託法及びその関連法規内で柔軟な設計が可能であるという点である。本人名義から受託者の肩書がついた長男名義の土地について、受託者単独の意思で境界の確定や擁壁の設置などの積極的な管理行為を行うことが可能となる。その可否は、本人の判断能力喪失の有無を問わず、契約内容によって決まる[14]。契約締結後、抵当権の付いた本人名義の不動産について、契約書に記載の通り追加で信託財産とした。また地方公共団体との売買契約も受託者が契約者となり、速やかに終了した[15]。この場合、売却代金は信託専用口座に入金される。信託専用口座の預金は、受益者である本人のために利用されるのが原則である。本件では、受託者と同居するためのリフォーム費用や農業用具の保管場所の設置に利用される。また、遺留分対策として一定額を留保する。

 

2点目として、本人の相続発生時には、信託財産とした不動産については信託を終了し長男名義に、その他の不動産については、作成済みの遺言によって長男名義にそれぞれ速やかに移転することが可能である。信託財産である不動産については、収集する戸籍の数が半分以下となる。預貯金についても、信託専用口座については遺産分割協議を経ずに信託を終了させて長男名義とすることが出来る。その他の年金が入金される預貯金口座などについては、通常の遺産分割協議を経る。

 

(3)有効範囲と限界

本人の判断能力が必要であることは、ケース1と同様である。また民事信託における遺留分の取り扱いが定まっていない以上、遺留分に配慮する必要がある[16]。本ケースでは本人名義の土地について、地目が畑の土地が数筆あったが、農地を親族に信託することは不可能であり[17]、他の制度を利用[18]することにした。

 

5 結果

以上の通り今回扱った2つのケースでは、現行制度上、民事信託を利用することに意義があると考えることが出来る。

 

(1)成年後見制度との比較

民法及び任意後見契約に関する法律上の成年後見関係申立て事件において、本人の申立てによるものは約14.4%(5048件/35,486件-609件)である[19]。これは、本人の意思が考慮されない申立てが85.6%ある可能性があることを示す。対して民事信託は、信託契約[20]が本人である委託者と受託者の契約であり、本人である委託者に契約を締結する意思がない限り設定することは出来ない。また遺言信託[21]では遺言書の作成、自己信託[22]は、公正証書等の作成が要件とされているが、これらは本人が主体的に自らを委託者として民事信託を設定するものである。

 

次に成年後見制度利用の申立てにおける主な動機として、不動産の処分が全体の約9%を占める。不動産の処分に相続手続きを合わせると約18%に上がる[23]。これは、不動産の処分や相続手続きを行う必要性に迫られた後に申立てを行っていることを意味する。平成29年における申立てから審理終結の期間は2か月以内が78.9%を占めており年々短くなっているが、必要性に迫られてから申立ての準備を始め、家庭裁判所で聴取の予約を取って始めて申立てが可能となる。また後見人等はその職務の性格上、不動産の処分における売却代金は本人名義の通帳に入り成年後見人が管理する。使途は原則として本人のために限定される[24]。また相続手続きにおいて成年後見人等は、遺産分割協議における法定相続分の確保、遺言などで本人の遺留分が侵されている場合は遺留分減殺請求を行うことが原則となる。

 

民事信託においては、不動産の処分の可否、売却代金の管理方法について原則として自由に定めることが出来る。例えば別の不動産の修繕に充てることや孫の教育資金として留保することを信託行為において定めることが出来る。

 

(2)遺言制度との比較

遺言公正証書の作成は、平成25年が96,020件、平成28年が105,350件と増加している[25]。なお自筆証書遺言を作成した者に相続が発生した際に相続人が行う遺言の検認は、平成28年に17,205件である[26]。遺言制度と異なる点は、信託契約を締結する場合は原則として契約締結時点で効力が発生することである。受託者である家族等に所有権が移転し、受託者が管理・処分を行うことになる。例えば清算型遺贈では本人が亡くなってから不動産売却を考えるが、民事信託では本人が施設に入った時点で、売却条件を見定めて処分したり、自宅で最期まで住むことが出来るように信託財産でリフォームを行ったりすることが可能である。

 

6 考察

その他の利用方法として、以下の例がある。

(1)実家が空き家になる場合に備えて信託契約を締結し、空き家になった際に受託者が売却又は賃貸する。

(2)推定相続人に行方不明の者がいる場合に、その者を受益者から外して不在者財産管理人の申立てを回避する。

(3)共有不動産について、受託者に管理を一本化する。

(4)中小企業の事業承継として自社株式の信託[27]

(5)不動産の小口証券化。

(6)自己信託の家計及び金融面での活用

また民事信託の限界及び今後の課題として、以下を挙げる。

(1)所有者(委託者)の判断能力が喪失した後は利用することが出来ない。

(2)委託者、受益者に相続が発生した場合、遺留分の扱いについて確定した見解がない。

(3)家族同士で設定した契約であり、時間の経過と共に契約事項の履行が滞る可能性がある。また滞ったとしても気付かない、放置される可能性がある。

(4)公的機関を通すことが必須とされていないため、正確な利用件数や動機などを知ることが困難である。

 

 

 

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([1]) 八谷博善「家族を受託とする信託」ジュリスト2018年6月号P39~P43によれば、三井住友銀行に持ち込まれた民事信託は、2016年5月から2018年3月末までの間に400件を超えるとする。これに対して民事信託と補完、代替する制度である成年後見は、平成25年から平成29年まで34,000件台から35,000件台の間で微増微減を繰り返している(最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―平成29年1月~12月―」平成30年3月)。

([2]) 大垣尚司「経営と法 方法論的序説」2017年『法と経営研究』P39~P40では、信託法の改正が個人信託や家族信託に対する社会ニーズの高まりを受けてなされたといった事情はなかったといってよいにも関わらず、法改正をきっかけに既存の法的枠組みでは十分に満たすことのできなかったニーズが顕現化した、とする。

([3]) (一社)後見の杜「成年後見と不動産」2013

([4]) 民法843条

([5]) 最判平成7年1月24日

([6]) 最決平成28年12月19日、最判平29年4月6日。民法(相続関係)の改正によってもこの点に変更はない。

([7]) 国立社会・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(全国推計)「2018年(平成30年)」』2018年6月28日閲覧によれば、75歳以上の37.7%が単身世帯。http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2018/t-page.asp

([8]) 信託目録を詳細に解説する唯一の文献として、渋谷陽一郎『信託目録の理論と実務』2014 (株)民事法研究会

([9]) 所有者不明土地問題研究会「最終報告」平成29年12月P2、福井秀夫「所有者不明土地の発生原因と法政策―取引費用対策の徹底を」2017『不動産学会誌vol.31』

([10]) 信託法34条

([11]) 不動産登記法97条

([12]) 例えば「年月日信託契約書記載の通り」として信託条項の全てを公示しないことが出来る。信託の終了事由を「【氏名】の死亡」と定めて明確にすることも可能である。また信託財産の管理方法として「売却することは出来ない」と公示して処分の制限をかけることが出来る。

([13]) 民法653条、852条

([14]) 桐生幸之助『不動産の信託による都市創生』2017実務出版P89は、意思凍結と表現する。

([15]) 所有者不明土地問題研究会「最終報告」平成29年12月P5~P12

([16]) 原則として、金銭を留保する、生命保険を利用する等を考える。

([17]) 農地法第3条第2項第3号、同法第3条第1項ただし書き第14号

([18]) 農地の贈与税納税猶予制度

([19]) 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―平成29年1月~12月―」平成30年3月。分母は、総数35,486件から任意後見人等による申立ての609件を差し引いた。

([20]) 信託法3条1項1号

([21]) 信託法3条1項2号

([22]) 信託法3条1項3号

([23]) 最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―平成29年1月~12月―」平成30年3月。総数69,515のうち不動産の処分が6,532。相続手続きが6,142。

([24]) ただし、成年後見人には、本人の意思を尊重する義務があり(民法858条)、本人が判断能力を喪失する前に家族に継続して一定額の援助を行っていた場合などは例外として認められると考えられる。

([25]) 日本公証人連合会「平成28年の遺言公正証書作成件数について」2017年3月

([26]) 法制審議会「民法(相続関係)等の改正に関する要綱案」では、自筆証書遺言作成の要件緩和、法務局での保管などが示されており、施行後に増加する可能性がある。

([27]) 中小企業庁「信託を活用した中小企業の事業承継円滑化に関する研究会における中間整理について」平成20年9月1日