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書籍の紹介『民事信託の実務と書式』
2018年01月17日

 

 

民事信託・家族信託における受託者の善管注意義務・専門家の善管注意義務[1]

 

参考:渋谷陽一郎(本稿本文では著者と記載します。)『民事信託の実務と書式』2017民事法研究会P7~

 

1    信託法における受託者の善管注意義務(信託法32条、212条1項、信託業法28条2項)

 

1―1            信託法における受託者の注意義務

 

1―1―a       客観的な水準

受託者は、信託が設定された目的(委託者の意図)を達成するために信託事務を行います。その際の注意義務は、受託者が信託事務を行う際に、注意する、気を付ける客観的な水準[2]とされています。

 

たとえ信託契約書に、自己の財産を管理するのと同一の注意をもって信託事務を処理する、と定めていた場合でも、受託者の職業や契約締結時の状況(例:受託者が委託者へ「この注意義務のところは気にしなくてもいいよ。」と言って契約書の読み合わせを行う。)から信託事務と認められず、受託者の個人的な行為として認定される可能性があります。

 

裁判官が、受託者に善管注意義務があるのかを判断する基準は、主に2つと考えられます。

(1)もし一般の人がみると、この受託者の仕事ぶりをどう思うだろうか(信託財産が収益不動産3棟もあるのに、管理会社に対する監督が不十分ではないか。信託事務が主に金銭管理で単純なのに、責任が重すぎはしないか。)。

(2)信託契約書の1つの条項ではなく、契約書全体(目的、信託財産や受託者の信託事務など)から導く。

 

 

1―1―b       概観(忠実義務との関係)

 

 

 

 

 

忠実義務が求めるものは、受託者の主観によって受益者の利益になるように信託事務その他の行為をすることです。

善管注意義務が求めるものは、受託者の就任中に個別具体的な判断が必要な場合に、基準となる客観的な水準です。

 

1―1―c       自己の財産におけるのと同一の注意との比較

 

図 2注意義務[3][4]

 

 

1―2            義務違反と責任

1―2―a       義務違反を問う基準となる時

受託者の行為時とされています[5]。ある信託契約の作成を行った際、委託者兼当初受益者が居住している家屋について、火災保険未加入であることが分かりました。80歳を超えて1人暮らしの方です。

 

保険未加入のまま、受益者の居住家屋が自然現象により火災に遭った場合、受託者と私の責任はどのようなものになるのでしょうか。幸い人に不幸はなく、その他の動産などの被害は考えないものとします。

 

信託契約書の作成中および効力発生後も何度か私から受託者へ言っているのですが、仕事が本当に忙しいようです。公正証書の作成、信託専用口座の開設手続きも受託者の仕事の都合により遅れてきました。

 

行為すべきであるのに行為しなかった場合(保険を掛けるべきであったのに掛けなかった)は、信託の効力発生後1か月経過時に保険加入手続きをしていなければ、その時から義務違反の状態であると考えます。

 

それでもこの方が受託者となったのは、受益者が信頼している人が他にいないからです。

そして信託以外の方法では、解決できない事情がありました。何もしないことを選択肢に入れた結果、信託がベストと断言は出来ませんが、ベターだと判断しました(その他に財産管理委任契約、任意後見契約、遺言を公正証書にしています)。

 

1―2―b       義務違反の効果 損失てん補等(信託法40条、92条、105条、)[6]

損失てん補等の内容

ア 信託財産の現状を受託者の個人財産で回復する(100万円が50万円になったら、50万円足す)

イ 土地を売ってしまって買い戻すことが出来ない、などの場合は、土地の価格相当のお金を、受託者の個人財産から信託財産へ補填する。

 

火災の場合、2つの方法を考えることができます。なお2つとも受託者個人の財産から支払う必要があります。

(1)現状の回復をするとすれば、受益者(就任中であれば受益者代理人、契約書の記載次第で法定後見人等)の承諾を得て、以前と遜色のないような家を建築する。

 

(2)受益者等の承諾を得て、以前と同様な家屋を建築するのに必要なお金を信託財産に入れる。

 

上記に加え、受託者は土地の工作物等の占有者及び所有者の責任(民法717条)も負うと考えられます。

 

1―3      主な判例(業法上の受託者の場合[7]

 

(1)東京高等裁判所平成17年2月17日判決

著作権を信託財産とする著作権等管理事業法上の信託契約において、「信託受託者には、著作権を侵害するか否かが問題となった時以降、それを侵害するものか否かについて真摯にかつ具体的に調査検討し、著作権侵害の結果が生じることのないようにする方策をとるべき注意義務がある。」

 

(2)大阪地方裁判所平成25年3月29日判決

年金信託における運用受託機関の受託者は、基金よって示された運用指針を遵守し、委託された範囲を超えて助言義務は課されていない[8]

 

1―4    なぜ、善良な管理者の注意には、「財産・もの」が入っていないのか

なぜ、善良な管理者の注意は、「他人の財産に対するのと同一の注意」ではないのでしょうか。人(相手方)・財産・ものに対する注意ではなく、その人の職業や地位などに応じて(例え何もしていなくても、対象となる相手が管理時点で分からなかったとしても)生じる注意だと考えることが出来ます[9]

 

信託法3条3項における自己信託の場合、受益者が委託者及びその家族のときにおける受託者も、原則として善管注意義務を負います[10]

 

民事信託契約書における受託者の注意義務として善管注意義務を記載しなければ、金融機関には通用しない との考えもありますが、記載は最低限の(形式的な、受託者に自覚を持ってもらう意味で)義務と考えることもできます。

 

 

記載がなければ信託法上、当然に受託者は善管注意義務を負います。また自己の財産におけるのと同一の注意義務を定めていても、善管注意義務違反を問えるケースはあります。また、義務を軽くしたからといって違反と問われた場合の責任が軽くなるとは必ずしもいえません。定める義務(違反かどうかのメルクマーク)とその義務違反の効果としての責任(具体的には賠償額など)は別に考えます。

 

1―5  (例)自身が個人タクシーのドライバーであった場合

(1)仕事でお客さんを乗せて運転するとき

(2)自家用車を1人で運転するとき

(3)自家用車に、高齢で後部座席の手すりに捕まっている親とチャイルドシートに乗っている子を載せて運転するとき

事故が起きた場合、(1)から(3)までの全ての場面において個人タクシーのドライバーとして善良な管理者の注意義務が考慮されます。その責任の軽重は、ケースごとに異なります。

 

1―6   受託者は、ミスや失敗をしないのか

私たちが業務上ミスをするように、受託者もミスをします。私が信託契約書を作成した件で、受託者が信託財産であり受益者が居住している家屋に対して、火災保険を掛けていない事例があります。信託の効力発生から6か月が経過しています。

 

また受益者代理人が、受益者の個人通帳から受益者に渡す生活費をATMで引き落とそうとして、暗証番号を3回間違えてしまうということがありました。

 

1―6―a   では、どこまで注意すれば良いのか

あらゆる事態が想定される以上、ミスは避けられないと考えられます。では、どこまで注意すれば良いのでしょうか。

(例)

(1)委託者自身が管理していたアパートの信託で、不動産の知識がない受託者が、信託事務として当初は管理を第3者(賃貸管理専門の業者)へ委託する(信託法28条も2項、3項を基に一種の義務と考える)。

賃貸管理専門の業者をどのように選択するかについては、委託者が懇意にしていた宅地建物取引士が推薦する3社の中から説明を聞き、受託者が善管注意義務を負って選択する。

 

 

(2)非公開会社の株式の信託で指図権の定めがない場合、後継者である受託者は、株主総会において議決権を行使する際、会社経営者としての注意をもって行使する(通常求められる注意)。

 

(3)金銭の信託について、株式投資の経験が豊富な委託者に代わり受託者が信託事務を行う際、株式投資を止めること、又は損失の上限を決めて上限に達したら次の受益者に通知し、株式投資を止めること(義務水準の限定)。

 

損失の上限に達するまでの受託者の信託事務には、通常求められる注意が働くと考えます。

 

1―7    受益者代理人の善管注意義務(信託法140条)

受益者代理人は、受託者同様に善管注意義務を負っています。信託行為に別段の定めを置くことができません。

 

1―7―a       具体的事例

(1)前述の火災保険未加入の場合

受益者代理人は、受益者と同様に信託法92条における権利を行使することができます。受託者の行為の差し止め(信託法44条)、取消(信託法27条)などです。

 

では、行為をしていない受託者に対して行為をするように請求することはできるのでしょうか。保険に加入している家に受益者が居住することが受益権であるとして、受託者に対して加入を催促(信託法2条7項)することは、可能であると考えます。保険に加入している家に受益者が居住することが受益権であるとして、受託者に対して加入を催促することは、可能であると考えます。

 

 

(2)前述のATMで暗証番号を3回間違えてしまった場合

相談を受けた当初、軽いミスだと思ったのですが、金融機関の事務取扱い上、受益者本人が窓口まで来て暗証番号を変更するように言われました。受財産管理委任契約に基づき、代理人口座を作成できると言っていたのが出来ないというのです(現在、本部にて検討してもらっています)。

 

この受益者にとっては、金融機関の窓口まで行くのは負担です。受益者代理人は、善管注意義務に違反していますが、その効果としての責任までは問えないと考えられます。なぜなら、ATMで暗証番号を3回間違えることは誰にでも起こり得ることだからです。

 

3 注意の水準

 

 

2    専門家の善管注意義務

 

2―1       各専門家によって注意義務の重さ(=重くなるほど義務違反と認定され易くなる)が異なる

著者は、民事信託の専門性や実務経験の多さを表示して民事信託の支援業務を受託した場合、その表示通りの注意義務を負うとします[12]

 

2―2    具体的事例(前述の火災保険未加入の場合)

 

私が委託者・受託者と交わした業務委託契約書では、善管注意義務及び免責事由について記載がありません。そのため当然に司法書士としての善管注意義務を負います(司法書士法21条、民法644条)。

相談過程、業務委託契約書における業務指針の解釈及び契約書作成後の経過などが考慮され、私の義務違反か否かと責任の有無及び程度が決まっていくものと考えらえます。

 

2―3            備考 利益相反関係

 

2―3―a       専門家が委託者と受託者との信託契約書を作成する場合

専門家が委託者から報酬を受け、委託者、受託者が損害を受ける可能性がある場合、(例えば委託者の意思能力について推定相続人から指摘を受ける)利益相反関係にあるといえます。

 

許容されるかの判断の目安は、委託者と専門家の非対称性を考慮に入れて、委託者への信託の成立要件の説明、表明保証の請求、公正証書の作成、医師の診断書入手、他の法定手段の説明などを尽くしたかによると考えます[13]

 

2―3―b       専門家が信託期中に、受託者の信託事務処理支援と受益者の支援(受託者への監督を含む)を併行して行う場合

受託者の信託事務処理を支援した結果、受益者が損害をうける可能性がある場合(例えば、受託者が信託財産である不動産を売却した結果、今後信託不動産について道路計画があり価格が上がることを知っていた第2次受益者から取消請求をされた)、利益相反関係にあるといえます。

 

許容されるかの判断の目安は、信託目的との合理性、必要性の有無、信託契約書への記載、契約書全体の解釈などから総合的に導き出されることになると考えます。

 

3    【条項例】

(受託者の善管注意義務)

第○条 受託者は、本信託の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって信託事務を処理する。

 

(受託者の善管注意義務)

第○条 受託者は、本信託の本旨に従い、自己の財産を管理するのと同一の注意をもって信託事務を処理する。

 

(受託者の任務[14]

第○条

1 乙(受託者)は、信託財産の管理、処分その他の信託事務について、善良な管理者の注意をもって処理するものとする。

2 乙(受託者)は、前項の注意をもって処理する限り、事由のいかんを問わず、信託財産に生じた価格の下落その他の損害が甲(委託者兼受益者)に生じてもその責めを負わない。

 

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[1] 本稿で具体的事例を考える際、民法上の債務不履行責任、不法行為責任は考えないものとします。

[2] 道垣内弘人『信託法』2017 有斐閣P168

[3]『法律学小事典』2016 有斐閣P909

[4] 自己の財産に対するのと同一の注意が認められる場合について、信託目的との合理性を求めるものとして、能見善久ほか編『信託法セミナー2』2014有斐閣P8-P9沖野発言。

[5] 村松秀樹ほか『概説 新信託法』2008きんざいP90

[7] 詳細な解説について新井誠編『信託法実務判例研究』2013有斐閣

[8] 金融庁「信託会社等に対する総合的な監督指針」平成29年6月現在3-5-2

[9] 民法298条、400条、413条、644条、659条、827条、918条、926条、940条、944条など。

[10] 道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P167では、自己信託における受託者の義務負担について、単独行為としての義務負担行為として捉える。

[11] 遠藤英嗣『家族信託契約』2017日本加除出版P236~P237。著者は、信託事務の処理の第三者への委託(信託法28条)を活用することを挙げている。

[12] 村松秀樹ほか『概説 新信託法』2008きんざいP91は、受託者について実際にはそのような能力がなくても表示通りの注意義務を負担するとしている。

[13] 日野正晴『詳細金融商品取引法』2016きんざいP741~を参考にした。

[14] 堀鉄平ほか『家族信託に強い弁護士になる本』P72~P73より引用。かっこ書きは筆者。善管注意義務の具体的内容についての記述はない。