遠藤英嗣『新訂 新しい家族信託』P397に、自己信託の文例の中で、
当初受託者○○につき後見開始、保佐開始の「申立て」がなされ、または任意後見監督人選任の審判がなされた場合は、委託者及び受益者の承諾なくして、「当然に当初受託者は受託者を辞任するものとする。」というような文言がありました。(「」私。)
1、まず、受託者の辞任については、簡単に出来ないようになっています。
辞任できる場合として、(信託法57条)
(1)委託者と受益者の同意を得た場合
(2)信託行為に別段の定めがある場合
(3)やむを得ない事由があるときに、裁判所の許可を得る場合
が挙げられます。
上の文言は、(2)の定めがある場合に該当します。後見開始、保佐開始の申立てなので、信託行為に別段の定めがなければ、受託者の任務終了事由にもなりません(信託法第56条)。また申立ては4親等内の親族まで可能なので、あまりこころよく思わない親族から申立てがされる可能性があります。
自己信託だし、別段の定めは原則自由に記載していいと思うのですが、日本語として少し引っかかります。
文中に、○○の場合、○○した時、○○なされたとき、の後の「当然に」は、当初受託者○○につき後見開始、保佐開始の「申立て」がなされ、または任意後見監督人選任の審判がなされれば、条件がそろう、その結果、(1)に関係なく、結果が生じる(辞任する)、という意味だと思います。
著者に聞いてみたのですが、後見開始などの申立てがなされても任務は終了しないから辞任する、という答えであまり意味が分かりませんでした。
ただ、「当然に」の後に続く、辞任「するものとする」というのは、一般的な原則あるいは方針と示す規定の述語(「ワークブック法制執務」より)として使われるようです。
すると、条件がそろえば、辞任という結果が生じる、一般的にはね、ということになってよく分かりませんでした。
辞任しないのもあり得るし、その方が審判が下りなかった場合正解ということになります。
違和感を覚えたのは私だけかも。私なら、「当初受託者の任務は終了する」とします。